豊後二見ヶ浦を出発したら国道217号線をさらに南下します。
国道217号線を南下して佐伯市浅海井(あざむい)まで来たら、 『 町指定文化財 鯨の墓 』 と書かれた小さな看板が見えてきますが、この辺りは海の景色がきれいなところなので、山側にあるこの小さな看板は見逃してしまいそうです。
ここにはもうひとつ 『 魚つき保安林(うおつきほあんりん) 』 と書かれた木柱もあります。あまり馴染みのない言葉ですが、海岸近くの森林からは豊富な栄養分が海へ流れて、多くの魚が集まるといわれていることから、大規模な伐採等が禁止されている森林のことです。
鯨の墓は国道217号線から10mほど坂道を登ったところにあるので、熊の墓の前から下を眺めたら国道と海がこんなに近くに見えます。
これが鯨の墓です。道路沿いの看板には町指定文化財と書かれていましたが、ここには 『 市指定有形民俗文化財 鯨の墓 』 と書かれていました。
2基の鯨の墓はそれぞれ年代が違っていて、手前の鯨の墓には明治二十一年、奥の鯨の墓には明治四十年と刻まれていました。それぞれ鯨が捕獲された年代なんでしょうね。
明治二十一年の鯨の墓の正面には 『 南無阿弥陀仏 鯨魚塔 』 と刻まれていて、明治四十年の鯨の墓には ゛塔 ゛の文字が ゛墓 ゛ に変わっただけで、同じ念仏が刻まれていました。
この画像は豊後二見ヶ浦の近くにある 『里の駅 しおさいの里 』 の裏手にある子供用の遊具ですが、よく見たらこの遊具は鯨の形をしていて、奥にはもう一基の鯨がいたので、先ほど見物した2基の鯨の墓をモチーフにしているんでしょうね。大分県内には十数基の鯨の墓(供養塔)があるそうですが、明治頃まではこの沿岸にも頻繁に鯨がやって来ていたんですね。
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鯨の墓は国道217号線から10mほど坂道を登ったところにあるので、熊の墓の前から下を眺めたら国道と海がこんなに近くに見えます。
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2基の鯨の墓はそれぞれ年代が違っていて、手前の鯨の墓には明治二十一年、奥の鯨の墓には明治四十年と刻まれていました。それぞれ鯨が捕獲された年代なんでしょうね。
明治二十一年の鯨の墓の正面には 『 南無阿弥陀仏 鯨魚塔 』 と刻まれていて、明治四十年の鯨の墓には ゛塔 ゛の文字が ゛墓 ゛ に変わっただけで、同じ念仏が刻まれていました。
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