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濃霞山の東展望台から進水式を眺めたら山を下ります。


濃霧山にはいくつかの登り口(降り口)があるので、行きは西登り口から東展望台へ登って、戻りは東登り口へと降りましたが、ここにも太平洋戦争当時の貴重な建物が残っています。そして画像の奥には進水式が行われた佐伯重工業の正門が見えています。




このコンクリート造りの建物は佐伯海軍防備隊の弾薬庫だった建物です。




ここへは昨年の4月にも訪れていますが、その時には無かったダットサントラックが弾薬庫建物の前に展示されていました。この車両は太平洋戦争当時に佐伯海軍航空隊、佐伯海軍防備隊の軍需部で使用されていた車両と同じ型のトラックだそうです。このトラックは平成30年に蒲江町で偶然発見されて、その後整備を行って動かすこともできるそうです。
  
  
 

トラックを後ろから見ると 『 菊水隊 千代田部隊 』 の文字が見えますが、この部隊は佐伯海軍航空隊に所属する第九三一海軍航空隊のうち、沖縄戦に参戦した部隊のようです。そして弾薬庫建物の鉄の扉の上には白い丸印が書かれていますが、これは空襲時に最優先で守る施設であることを示しています。  
 
  
 

トラックのナンバープレートを見たら ゛サ ヘ ゛ とカタカナで書かれていましたが、これは佐伯海軍航空隊の ゛佐伯 ゛の旧仮名遣いの ゛さへき ゛を略したもので、機体識別記号として飛行機の尾翼などに書かれていました。でも佐伯市の正式な読みは  ゛ さえき(さへき) ゛ じゃなくて ゛さいき ゛ なんですよね。
 
 
 

ダットサントラックの運転席には写真付きの説明板があって、菊水隊 千代田部隊員の集合写真などが載っていました。




集合写真の横には菊水隊 千代田部隊についての説明もありましたが、 ネットで調べた限りでは菊水隊 千代田部隊を含む九三一航空隊では航空機による体当たり攻撃は行わずに、終戦まで雷撃(対艦魚雷攻撃)による敵艦攻撃の任務にあたっていたようです。
佐伯市は戦前、戦中は軍港として栄えたところで、市内各所には要塞跡など多くの戦争遺跡があるので、今後新たな発見があるかもしれませんね。 
  

  
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