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メタセの杜を出発したら県道58号から国道10号へ出て、さらに南下して大分県を目指しました。


メタセの杜から数kmほど南下して、国道10号が築上町役場の前を通り過ぎるとすぐに「浜の宮 綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)」と書かれた看板が見えてくるので、ここを海に向かって曲がりました。




綱敷天満宮の看板があるところは天神交差点といって、ここを海に向かって進むと、浜の宮海岸や総合体育センターもあるようですね。




天神交差点を海へ向かって1㎞も進むと、広い駐車場と綱敷天満宮の鳥居が見えてきます。この画像は防波堤の上から撮影しましたが、右端には綱敷天満宮の鳥居が建っていて、その横は200台ほどの車が停められる駐車場になっています。鳥居の右側にも駐車場があってこちらは未舗装で線引きもされていませんが、この駐車場と同じくらいの広さがありました。




防波堤の上にはベンチなどがあって、この左側の砂浜が浜の宮海岸で、その沖には豊前海が広がっていて、潮干狩りのシーズンにはこの広い駐車場が満車になるほど賑わうそうです。




沖に伸びた防波堤の先端から陸地側を眺めるとこんな感じで、樹木の繁ったところに綱敷天満宮があります。




駐車場から参道へ向かう途中には綱敷天満宮の説明板がありました。これによると菅原道真は左遷されて太宰府へ向かう航路の途中で嵐に遭ってこの地に漂着し、村人が船の綱を円座に敷いて迎えたのが神社名の由来と書かれていました。つまり大宰府を目指した菅原道真が初めて九州の地を踏んだのがここなんですね。




説明書きを読んだらこれから綱敷天満宮へ参拝です。




一の鳥居の左側には「縣社 濱宮 綱敷天満宮」と刻まれた大きな石碑がありました。今は海岸線が整備されて防波堤もありますが、創建当時はもっと海に近いところに社殿が建っていたので濱宮(浜の宮)と呼ばれているんでしょうね。




そして右側には一の鳥居と高さが変わらないような巨大な石灯籠(常夜灯?)が建っていました。




ここには「日本風景街道 綱敷天満宮」と書かれた木柱も立っていました。日本風景街道は全国を10の地域に分け、九州風景街道には15か所が選定され、この辺り一帯は「豊の国歴史ロマン街道」と呼ばれているそうで、大分県では他にも日豊海岸、やまなみハイウェイ、国東半島などがありますが、大分県でこの様な表示は見たことが無いですね。




一の鳥居を潜って参道を奥へ進み拝殿を目指していると、参道の両側に石灯籠や狛犬が樹木と交互に建っている光景が見えてきます。




狛犬のなかにはこの様に逆立ちした姿の狛犬もいました。この様な逆立ちをした狛犬は「逆さ狛犬」と呼ぶそうで、この地域一帯にある神社ではよく見かけますが、大分県内の神社では見たことがありません。




参道を進んで行くと楼門が見えてきました。そしてその奥には拝殿も見えています。先ほど訪れたばかりの宮地嶽神社の楼門と比べると質素な楼門ですね。




楼門を潜って中へ入ると、拝殿の周りにはたくさんの梅の木が植えられていました。境内には1000本の梅の木が植えられているそうで、例年開花期になると「しいだ梅祭り」が開催されています。




ここが綱敷天満宮の拝殿です。
この日は初詣とは時季が違いますが、宗像大社、宮地嶽神社、綱敷天満宮と三社にお参りをして、三社参りをしたつもりでいましたが、よく考えたら宗像大社では第一宮(ていいちぐう)の辺津宮、第二宮の沖津宮、第三宮の中津宮の三宮に参拝しているので、この時点ですでに三社参りを済ませていたんですよね(笑)



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