やまめの郷を出発した地底博物館・鯛生金山を目指します。
やまめの郷からは来た道を戻って国道212号線へ出て、さらに山奥へ向かって進むと松原ダムが見えてきます。ここのダム湖には地元特産のウメにちなんで梅林湖と名付けられています。
ここまでヤマメの郷から15kmほどですが、目的地の鯛生金山へはまだ20km弱ほど山の中を進むことになります。鯛生金山は大分県内なのにお家からは150kmほども離れているんですよね。
松原ダムを過ぎてしばらくすると下筌(しもうけ)ダムが見えてきます。ここでは山の急斜面に蜂の巣城という名前の砦を築いて激しい反対闘争が行われたことにちなんでダム湖には蜂の巣湖と名付けられています。
この画像は下筌ダムを車で渡って反対側の展望所から撮影したものです。ダム建設反対闘争の中心となった人物はダム完成後の地元の活性化なども考えていたそうで、その後の全国のダム建設に大きな教訓を残したそうです。
下筌ダムを過ぎると県道647号線から県道12号線へ、さらに国道442号線へと変わってしばらくすると鯛生金山入口に到着します。このまま国道442号線を先に進むとわずか1kmほどで福岡県の八女市に入ります。
鯛生金山の看板を左折するとすぐに道の駅・東洋のスイスと書かれた看板が見えてきます。でも東洋のスイスといえば精密機械工業が盛んな長野県諏訪地方だと思うんですが・・・
左に見えている円筒形の建物は物産館とレストランです。そしてこの奥の森へ進むと鯛生金山の坑道入口があります。
ここでは砂金採り体験をすることもできます。
そして日田市中津江といえば平成の大合併前の日田郡中津江村の時に開催された日韓ワールドカップサッカーの カメルーン代表のキャンプ地となったことで全国的に有名です。
これから鯛生金山の坑道をそのまま観光施設とした地底博物館の見物に向かいます。でもここは残念ながらワンコの入坑は禁止なんですよね。以前りゅう君とここを訪れた時にも入坑を諦めて食事をしただけで帰りました。
坑口へと向かう途中には新緑のカエデの間にきれいな花が咲いていました。一番手前の白っぽい花はシャクナゲでしたが、その上に咲いていたのは小さな花でした。名前は分かりませんがこの季節は花がいっぱいですね。
鯛生金山の坑口が見えてきました。
これから地底博物館になっている金山の坑道へ入って見物です。鯛生金山は最盛期には佐渡金山を上回る日本一の金の産出量を誇った大きな金山で近代化産業遺産にも登録されています。
坑内へ入ると当時の様子が忠実に再現されていて、最初に見えてくるのは坑内見張所といわれるところです。マネキンがとってもリアルですね。
坑道を先へ進むと立坑がありますが、この立坑は200mで海面に達してさらにそこから海底310mもの深さまで掘られていると説明板に書かれていました。
鯛生金山は総延長が110kmもあります。観光用に見学できるのはわずか800mほどですが、ゆっくり見学をすれば一時間以上はかかりそうです。
坑内の至る所に当時の金採掘の様子を再現した人形が置かれていて楽しく見学ができます。画像では分かりませんが男のマネキン人形は金槌を持った右手が動いていました。
坑道には当時使われていた掘削機械や鉱石運搬用のトラックなども展示されていますが、こんなきれいなところもあります。
見学用坑道の終わりが近づいたところには、鯛生金山にちなんで以前は純金製の雌雄2匹の黄金の鯛がいましたが、1匹が盗難に遭ったために今は表面だけ金を張ったレプリカに置き換わっています。
黄金の鯛の横に書かれていた説明板です。その後の町村合併で中津江村は日田市に編入されて残った雌鯛は換金処分されましたが、金が高騰していたので盗難による被害金額を上回る金額で売ることができたそうです。
鯛生金山を出発したら国道442号線を通ってお家へと向かいますが、途中には数千匹の鯉のぼりが泳ぐ杖立温泉を通ったのでちょっとだけ寄ってみました。
でも川を渡って対岸へ行こうとしたら前日の大雨の影響なのか?増水して川を渡ることができませんでした。一昨年のこの時季はりゅう君とここを訪れたので 過去の記事 をクリックして下さいね。
この日は午後から天気が回復する予定が見事?に外れて、杖立温泉を出発する頃にはまた雨が降り出したのでもうどこへも寄らずに真っ直ぐお家へ帰りました。
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やまめの郷からは来た道を戻って国道212号線へ出て、さらに山奥へ向かって進むと松原ダムが見えてきます。ここのダム湖には地元特産のウメにちなんで梅林湖と名付けられています。
ここまでヤマメの郷から15kmほどですが、目的地の鯛生金山へはまだ20km弱ほど山の中を進むことになります。鯛生金山は大分県内なのにお家からは150kmほども離れているんですよね。
松原ダムを過ぎてしばらくすると下筌(しもうけ)ダムが見えてきます。ここでは山の急斜面に蜂の巣城という名前の砦を築いて激しい反対闘争が行われたことにちなんでダム湖には蜂の巣湖と名付けられています。
この画像は下筌ダムを車で渡って反対側の展望所から撮影したものです。ダム建設反対闘争の中心となった人物はダム完成後の地元の活性化なども考えていたそうで、その後の全国のダム建設に大きな教訓を残したそうです。
下筌ダムを過ぎると県道647号線から県道12号線へ、さらに国道442号線へと変わってしばらくすると鯛生金山入口に到着します。このまま国道442号線を先に進むとわずか1kmほどで福岡県の八女市に入ります。
鯛生金山の看板を左折するとすぐに道の駅・東洋のスイスと書かれた看板が見えてきます。でも東洋のスイスといえば精密機械工業が盛んな長野県諏訪地方だと思うんですが・・・
左に見えている円筒形の建物は物産館とレストランです。そしてこの奥の森へ進むと鯛生金山の坑道入口があります。
ここでは砂金採り体験をすることもできます。
そして日田市中津江といえば平成の大合併前の日田郡中津江村の時に開催された日韓ワールドカップサッカーの カメルーン代表のキャンプ地となったことで全国的に有名です。
これから鯛生金山の坑道をそのまま観光施設とした地底博物館の見物に向かいます。でもここは残念ながらワンコの入坑は禁止なんですよね。以前りゅう君とここを訪れた時にも入坑を諦めて食事をしただけで帰りました。
坑口へと向かう途中には新緑のカエデの間にきれいな花が咲いていました。一番手前の白っぽい花はシャクナゲでしたが、その上に咲いていたのは小さな花でした。名前は分かりませんがこの季節は花がいっぱいですね。
鯛生金山の坑口が見えてきました。
これから地底博物館になっている金山の坑道へ入って見物です。鯛生金山は最盛期には佐渡金山を上回る日本一の金の産出量を誇った大きな金山で近代化産業遺産にも登録されています。
坑内へ入ると当時の様子が忠実に再現されていて、最初に見えてくるのは坑内見張所といわれるところです。マネキンがとってもリアルですね。
坑道を先へ進むと立坑がありますが、この立坑は200mで海面に達してさらにそこから海底310mもの深さまで掘られていると説明板に書かれていました。
鯛生金山は総延長が110kmもあります。観光用に見学できるのはわずか800mほどですが、ゆっくり見学をすれば一時間以上はかかりそうです。
坑内の至る所に当時の金採掘の様子を再現した人形が置かれていて楽しく見学ができます。画像では分かりませんが男のマネキン人形は金槌を持った右手が動いていました。
坑道には当時使われていた掘削機械や鉱石運搬用のトラックなども展示されていますが、こんなきれいなところもあります。
見学用坑道の終わりが近づいたところには、鯛生金山にちなんで以前は純金製の雌雄2匹の黄金の鯛がいましたが、1匹が盗難に遭ったために今は表面だけ金を張ったレプリカに置き換わっています。
黄金の鯛の横に書かれていた説明板です。その後の町村合併で中津江村は日田市に編入されて残った雌鯛は換金処分されましたが、金が高騰していたので盗難による被害金額を上回る金額で売ることができたそうです。
鯛生金山を出発したら国道442号線を通ってお家へと向かいますが、途中には数千匹の鯉のぼりが泳ぐ杖立温泉を通ったのでちょっとだけ寄ってみました。
でも川を渡って対岸へ行こうとしたら前日の大雨の影響なのか?増水して川を渡ることができませんでした。一昨年のこの時季はりゅう君とここを訪れたので 過去の記事 をクリックして下さいね。
この日は午後から天気が回復する予定が見事?に外れて、杖立温泉を出発する頃にはまた雨が降り出したのでもうどこへも寄らずに真っ直ぐお家へ帰りました。
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