大分県と熊本県を結ぶ幹線道路の国道57号線が土砂崩れで立野付近が通行止めなので阿蘇外輪山の稜線から大津町へと続くミルクロードへ迂回して再び国道57号線へ出ます、
国道57号線の迂回路となっているミルクロードは距離的には国道57号線経由とあまり変わりませんが峠越えの急カーブが連続する道なので所要時間はかなりかかります、
峠を越えて下り坂になって国道57号線が近づいてくると道路沿いに細長い緑地公園があったのでりゅう君はここで少しだけお散歩です、でもここも地震の被害を受けて東屋が倒壊していました、
りゅう君のお散歩が終わって出発したらすぐに国道57号線へ出てしばらく熊本市方面へと進み熊本ICから九州道に乗って宇城市を目指します、道路上には工事車線規制の表示が出ていますが地震で一部通行止めになっていた九州道はこの日から全線が通れるようになりました、
熊本ICから高速に乗ったら託麻PA でりゅう君はお散歩をしましたがいきなり小さな子に背中を触られてゆっくりお散歩も出来ずに嫌がっているようです、今回は義父のお墓の様子を見に行くのが目的なのでりゅう君はお家で留守番のほうがよかったようですね、
りゅう君のお散歩が終わって託麻PAを出発すると九州道は大渋滞していて本線へ入るのにも一苦労でした、
交通整理をしている警察官もいましたが車両を見たら静岡県警察と書かれていました、熊本地震では自衛隊、消防、警察などが全国から災害派遣でやって来ているんですね、
しばらくすると車線が減少して車はほとんど動かなくなったので益城熊本空港ICで高速を降ります、でもこの辺りは熊本地震で最も被害の大きかった益城町なんですよね、
高速を降りるとすぐに駐車場でテントを広げている人たちがいました、ここは多くの被災者が避難しているグランメッセ熊本です、ここには2200台駐車できる広い駐車場があるので多くの被災者が車中泊をしていますが町の指定避難場所じゃないので公的支援の対象外だそうです、町職員やボランティアの人たちは頑張ってくれているそうですが何だか矛盾していますね、
高速を降りたら熊本市内へ向けて一般道を走りますが道路上にはまたこんな表示が出ていました、ここまでにいったいいくつのこんな表示を見たでしょうか?
熊本市内からは国道3号線を走って宇城市を目指します、信号待ちの時に何気に窓の外を見たら復旧して全線開通した九州新幹線が走っていました、復興に向けて元気が出てくる光景ですね、
お家を出発してから6時間ほどかかってようやく義父のお墓に到着しました、当初の予想ではお墓はかなりの被害があると思ってそれなりの準備をして来ましたが幸いにも何事も無くてホッと一安心です、お墓へと続く道から見た九州道もこの辺りでは渋滞も無くスムーズに通行できるようです、
お墓に被害が無かったので掃除、草取りをしてお参りを済ませたら近くにある道の駅・竜北に寄りました、ここでは観光客はあまり見かけませんでしたが物産館の中には食料品が豊富にあって地元の人たちが野菜などをたくさん買っていました、
物産館の入口にはこんなポスターを貼っていて熊本県民が一丸となって復興に向けて頑張っている様子が感じられました、
りゅう君は道の駅から国道3号線を挟んで向かいにある竜北公園でお散歩です、お家を出発してからここまで7時間ほど経っていますがりゅう君はここで初めて本格的なお散歩です、りゅう君も嬉しくてかっ飛んでますねぇ~(笑)
お散歩が終わって駐車場に戻るとすぐ前にある家屋の屋根瓦が針金でがっちりと固定されていました、今回の地震では倒壊を免れた建物の多くでも瓦が落ちる被害が出たので余震でまた瓦が落ちないように針金で固定したんでしょうね?
でもほとんどの家屋は補修が間に合わないのか?瓦が落ちたままの状態でブルーシートに覆われていました、
竜北公園を出発したら国道3号線を北上して道の駅・宇城に寄りました、ここのとても広い駐車場はほぼ満車状態で物産館の中では普段と変わらないほど多量の食料品などが販売されていて多くの人で賑わっていました、館内だけを見ていると本当に震災があったのかなぁ?と思えるほどでした、
物産館の入口では支援物資と書かれた食料品の入った袋を館内へ入る人たちに次々と配っていました、でも避難所で生活している移動手段を持たない人たちにも充分に支援物資は行き渡っているんでしょうか?
道の駅・宇城を出発したらすぐ近くの松橋ICから九州道に乗り渋滞の発生していない御船ICまでの一区間だけ高速道を利用します、
でも高速に乗ったら50km/hの速度規制が出ていて道路はこんなにグニャグニャになっていました、この時点では九州道は全線開通していましたが本格的に修復工事を行わないと速度規制の解除はムリでしょうね?
そしてさらに進むと緑川PAの標識と高速道を跨ぐ一般道の橋が見えてきました、でも高速を跨ぐ橋はこのすぐ先のPA入口付近にもうひとつあるはずなんですが・・・
緑川PAに車を停めて高速道路上を見たら橋の基礎部分だけが残っていました、ここが熊本地震の前震発生時にニュースで流れていた橋の落下場所のようです、
緑川PAを出発してしばらくすると御船ICの標識が見えてきたのでここで高速を降ります、前方の道路上には渋滞の車列の最後尾が見えています、
御船ICで高速を降りたら熊本市を経由して益城町方面へと進みますがこの辺りはかなり激しい地震があったようで路面は修復した箇所ばかりで歩道のブロックはこんな状態になっていました、
そして住宅街の中を走っていると震災によって発生した瓦礫が歩道上の至る所で大量に出されていました、ニュースでも流れていましたがこの瓦礫の処理が大問題になっているんですよね、
今ではコンビニも昼間だけのようですが営業をしていて 『がんばろう!熊本!』 の貼紙が復興への意気込みを感じました、
御船ICで高速を降りてから一般道を30kmほど走って再び迂回路のミルクロードを通り国道57号線へ出て阿蘇乙姫まで戻って来ました、でも交差点にある阿蘇乙姫の看板は無残にもこんな状態になっていました、
道の駅・阿蘇に到着してりゅう君のお散歩をしているとJR豊肥本線の阿蘇駅の駅舎の屋根にはブルーシートがかけられていました、そして駅舎は立入禁止になっていました、
りゅう君のお散歩をしながら駅前の緑地へやって来ると防災トイレベンチがありました、今までいろんなところで同じようなものを何度も見かけましたが今回の震災では実際に使用されたんでしょうか?
すぐ横には防災トイレベンチの使用方法も書かれていました、全国の公園等にこれがたくさん設置されると災害時に役立ちますね、
道の駅・阿蘇を出発して大分方面に向かっているとまた自衛隊の車両を見ました、お家を出発してからここまで数え切れないほどの自衛隊車両を見ましたがこの車両には 『災害派遣 第6施設大隊 山形県』 と書かれていました、熊本地震では国を挙げて復興支援を行っているんですね、
今回は義父のお墓の様子を見る事が目的だったのでりゅう君には充分なお散歩をさせる事が出来ませんでしたがそれでもりゅう君は帰りの車中では満足したようにウトウトしていました、
熊本地震はまだ余震が続いていて終息の見通しもつかず観光地も大打撃を受けていますが徐々に復興に向けて立ち上がりつつあります、私たちも小さな事でもいいので何か協力したいものですね。
『がんばれ!熊本』
『がんばれ!九州』
国道57号線の迂回路となっているミルクロードは距離的には国道57号線経由とあまり変わりませんが峠越えの急カーブが連続する道なので所要時間はかなりかかります、
峠を越えて下り坂になって国道57号線が近づいてくると道路沿いに細長い緑地公園があったのでりゅう君はここで少しだけお散歩です、でもここも地震の被害を受けて東屋が倒壊していました、
りゅう君のお散歩が終わって出発したらすぐに国道57号線へ出てしばらく熊本市方面へと進み熊本ICから九州道に乗って宇城市を目指します、道路上には工事車線規制の表示が出ていますが地震で一部通行止めになっていた九州道はこの日から全線が通れるようになりました、
熊本ICから高速に乗ったら託麻PA でりゅう君はお散歩をしましたがいきなり小さな子に背中を触られてゆっくりお散歩も出来ずに嫌がっているようです、今回は義父のお墓の様子を見に行くのが目的なのでりゅう君はお家で留守番のほうがよかったようですね、
りゅう君のお散歩が終わって託麻PAを出発すると九州道は大渋滞していて本線へ入るのにも一苦労でした、
交通整理をしている警察官もいましたが車両を見たら静岡県警察と書かれていました、熊本地震では自衛隊、消防、警察などが全国から災害派遣でやって来ているんですね、
しばらくすると車線が減少して車はほとんど動かなくなったので益城熊本空港ICで高速を降ります、でもこの辺りは熊本地震で最も被害の大きかった益城町なんですよね、
高速を降りるとすぐに駐車場でテントを広げている人たちがいました、ここは多くの被災者が避難しているグランメッセ熊本です、ここには2200台駐車できる広い駐車場があるので多くの被災者が車中泊をしていますが町の指定避難場所じゃないので公的支援の対象外だそうです、町職員やボランティアの人たちは頑張ってくれているそうですが何だか矛盾していますね、
高速を降りたら熊本市内へ向けて一般道を走りますが道路上にはまたこんな表示が出ていました、ここまでにいったいいくつのこんな表示を見たでしょうか?
熊本市内からは国道3号線を走って宇城市を目指します、信号待ちの時に何気に窓の外を見たら復旧して全線開通した九州新幹線が走っていました、復興に向けて元気が出てくる光景ですね、
お家を出発してから6時間ほどかかってようやく義父のお墓に到着しました、当初の予想ではお墓はかなりの被害があると思ってそれなりの準備をして来ましたが幸いにも何事も無くてホッと一安心です、お墓へと続く道から見た九州道もこの辺りでは渋滞も無くスムーズに通行できるようです、
お墓に被害が無かったので掃除、草取りをしてお参りを済ませたら近くにある道の駅・竜北に寄りました、ここでは観光客はあまり見かけませんでしたが物産館の中には食料品が豊富にあって地元の人たちが野菜などをたくさん買っていました、
物産館の入口にはこんなポスターを貼っていて熊本県民が一丸となって復興に向けて頑張っている様子が感じられました、
りゅう君は道の駅から国道3号線を挟んで向かいにある竜北公園でお散歩です、お家を出発してからここまで7時間ほど経っていますがりゅう君はここで初めて本格的なお散歩です、りゅう君も嬉しくてかっ飛んでますねぇ~(笑)
お散歩が終わって駐車場に戻るとすぐ前にある家屋の屋根瓦が針金でがっちりと固定されていました、今回の地震では倒壊を免れた建物の多くでも瓦が落ちる被害が出たので余震でまた瓦が落ちないように針金で固定したんでしょうね?
でもほとんどの家屋は補修が間に合わないのか?瓦が落ちたままの状態でブルーシートに覆われていました、
竜北公園を出発したら国道3号線を北上して道の駅・宇城に寄りました、ここのとても広い駐車場はほぼ満車状態で物産館の中では普段と変わらないほど多量の食料品などが販売されていて多くの人で賑わっていました、館内だけを見ていると本当に震災があったのかなぁ?と思えるほどでした、
物産館の入口では支援物資と書かれた食料品の入った袋を館内へ入る人たちに次々と配っていました、でも避難所で生活している移動手段を持たない人たちにも充分に支援物資は行き渡っているんでしょうか?
道の駅・宇城を出発したらすぐ近くの松橋ICから九州道に乗り渋滞の発生していない御船ICまでの一区間だけ高速道を利用します、
でも高速に乗ったら50km/hの速度規制が出ていて道路はこんなにグニャグニャになっていました、この時点では九州道は全線開通していましたが本格的に修復工事を行わないと速度規制の解除はムリでしょうね?
そしてさらに進むと緑川PAの標識と高速道を跨ぐ一般道の橋が見えてきました、でも高速を跨ぐ橋はこのすぐ先のPA入口付近にもうひとつあるはずなんですが・・・
緑川PAに車を停めて高速道路上を見たら橋の基礎部分だけが残っていました、ここが熊本地震の前震発生時にニュースで流れていた橋の落下場所のようです、
緑川PAを出発してしばらくすると御船ICの標識が見えてきたのでここで高速を降ります、前方の道路上には渋滞の車列の最後尾が見えています、
御船ICで高速を降りたら熊本市を経由して益城町方面へと進みますがこの辺りはかなり激しい地震があったようで路面は修復した箇所ばかりで歩道のブロックはこんな状態になっていました、
そして住宅街の中を走っていると震災によって発生した瓦礫が歩道上の至る所で大量に出されていました、ニュースでも流れていましたがこの瓦礫の処理が大問題になっているんですよね、
今ではコンビニも昼間だけのようですが営業をしていて 『がんばろう!熊本!』 の貼紙が復興への意気込みを感じました、
御船ICで高速を降りてから一般道を30kmほど走って再び迂回路のミルクロードを通り国道57号線へ出て阿蘇乙姫まで戻って来ました、でも交差点にある阿蘇乙姫の看板は無残にもこんな状態になっていました、
道の駅・阿蘇に到着してりゅう君のお散歩をしているとJR豊肥本線の阿蘇駅の駅舎の屋根にはブルーシートがかけられていました、そして駅舎は立入禁止になっていました、
りゅう君のお散歩をしながら駅前の緑地へやって来ると防災トイレベンチがありました、今までいろんなところで同じようなものを何度も見かけましたが今回の震災では実際に使用されたんでしょうか?
すぐ横には防災トイレベンチの使用方法も書かれていました、全国の公園等にこれがたくさん設置されると災害時に役立ちますね、
道の駅・阿蘇を出発して大分方面に向かっているとまた自衛隊の車両を見ました、お家を出発してからここまで数え切れないほどの自衛隊車両を見ましたがこの車両には 『災害派遣 第6施設大隊 山形県』 と書かれていました、熊本地震では国を挙げて復興支援を行っているんですね、
今回は義父のお墓の様子を見る事が目的だったのでりゅう君には充分なお散歩をさせる事が出来ませんでしたがそれでもりゅう君は帰りの車中では満足したようにウトウトしていました、
熊本地震はまだ余震が続いていて終息の見通しもつかず観光地も大打撃を受けていますが徐々に復興に向けて立ち上がりつつあります、私たちも小さな事でもいいので何か協力したいものですね。
『がんばれ!熊本』
『がんばれ!九州』
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Comment
1
りゅうくんも・・・応援だね。
お墓は、よかったですね、何事もなくて・・・。
一つ一つ見ていくと、やはり大変な状況ですね。
小さなところから大きなものまで、長期にわたり
計画的にしなくては、いけませんね。
阿蘇神社は、文化庁の人がきて、修復可能と言っていましたが、
なんたって阿蘇大橋周辺の57号線横の山々の亀裂は、
鉄道と共に復興を遅らせる感じですね。
頑張っていかないと・・・しかし、最初から思っていましたが、オリンピックはねぇ~、早すぎると思いますが・・・。
一つ一つ見ていくと、やはり大変な状況ですね。
小さなところから大きなものまで、長期にわたり
計画的にしなくては、いけませんね。
阿蘇神社は、文化庁の人がきて、修復可能と言っていましたが、
なんたって阿蘇大橋周辺の57号線横の山々の亀裂は、
鉄道と共に復興を遅らせる感じですね。
頑張っていかないと・・・しかし、最初から思っていましたが、オリンピックはねぇ~、早すぎると思いますが・・・。
RE.1
こんにちは、びびさん
今回のブログでは倒壊した家屋は載せてませんが益城町周辺ではたくさん見ました、無事に見える家屋にも赤色の紙に危険と書かれたものが多数あって想像以上に悲惨な状況でした、
今日は九重町方面へ出かけましたが九重ICから夢大吊橋への道が土砂崩れでしばらく通行止めになっていたそうです、
夢大吊橋もGW終盤の土曜日というのに乗用車が十数台だけで大型バスは1台も見ませんでした、観光業の風評被害は想像以上のようです、大分県内ではあまり被害が無かったと思っていたんですが・・・
その後阿蘇外輪山まで行きましたが大観望を除いて絶景の展望所はどこも危険防止のためか?立入禁止になっていてどのお店も人影がまばらで閑散としていました、
熊本、大分の観光は大変な状況のようですよ。
今日は九重町方面へ出かけましたが九重ICから夢大吊橋への道が土砂崩れでしばらく通行止めになっていたそうです、
夢大吊橋もGW終盤の土曜日というのに乗用車が十数台だけで大型バスは1台も見ませんでした、観光業の風評被害は想像以上のようです、大分県内ではあまり被害が無かったと思っていたんですが・・・
その後阿蘇外輪山まで行きましたが大観望を除いて絶景の展望所はどこも危険防止のためか?立入禁止になっていてどのお店も人影がまばらで閑散としていました、
熊本、大分の観光は大変な状況のようですよ。
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