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正月以降はしばらくお出かけスイッチが入らず、お家でぐうたらしっぱなしでしたが、今年は午年なので2026年最初の遠出は、本土最南端の野生馬が生息する宮崎県串間市の「都井岬」へ出かけました。


今回のお出かけは日帰りですが、片道が300㎞ほどあるので、早朝というよりも深夜にお家を出発して、一般道、無料高速を乗り継いで日南市にある東九州道の日南東郷ICで高速道を降りる頃になってようやく空が白み始めてきました。




日南東郷ICは現時点では終点になるので、ここで東九州道を降りたら一般道を数kmほど山に向かって走り、飫肥藩(おびはん)伊東氏の城下町として栄えた飫肥城下町に車を停めました。画像の建物は城下町案内処ですが、ここへ到着したのは7時過ぎだったのでまだオープン前でした。




ここはとても広い無料駐車場がありますが、さすがにこの時間には車がほとんど停まっていませんでした。




駐車場に車を停めたらさっそく城下町の見学です。案内所の近くには飫肥城下町案内図があって・・・




見どころがたくさんあるようでしたが、これから向かうのは飫肥城跡と小村寿太郎生家です。この日はまだ訪れるところがたくさんあるので、全体の見学をしていたら他のところを廻れなくなりますからね。




まずは通りの両側に土塀や武家屋敷が連なる道を飫肥城跡へ向かって進みました。正面の奥に飫肥城の大手門かあって、手前の不思議な形をした樹木が植えられているところには、飫肥の郷土料理の「飫肥天(おびてん)」のお店がありますが、店内からは原料の魚のすり身を揚げる美味しそうな匂いがするだけで、お店はまだ開いていませんでした(笑)




通りを歩いていると武家屋敷跡?が見えてきましたが、門の前には松などの枝を薪で束ねて、その真ん中に長い青竹を立てた不思議なものが置かれていました。この地方独特の正月飾りなんでしょうね?




通りをさらに進むと飫肥城の大手門が見えてきました。ここにも先ほど見た正月飾りと同じようなものが立てられていました。




大手門へはお堀に架かる橋を渡りますが、飫肥城のお堀はこの様な幅の狭い空堀で、規模的にもあまり大きなお城じゃないようですね。




大手門を潜って城内へ入ると幅の広い石段が先へと続いていました。




城内の至る所には日南市の名産の大きな杉の木(飫肥杉)が植えられていました。




お城の石垣はあまり大規模なものじゃありませんが、隙間なく組まれた石垣がとてもきれいでした。




そして防御のための土塀を支える石柱と木材で組まれた控柱(ひかえばしら)なども見ることができました。




飫肥城跡を見学したら小村寿太郎(こむらじゅたろう)の生家がある武家屋敷通りをもう少し散策します。




この辺りの武家屋敷通りは石垣で囲まれた家屋が多くて、これも戦の時にお城を防御するためなんでしょうね?




ここが小村寿太郎の生家です。小村寿太郎は明治時代の政治家で、日露戦争後のポーツマス条約で日本側の代表として全権を任されたことが有名ですね。




ここも時間が早かったので建物内へは入れませんでしたが、ガラス越しに内部を覗くことはできました。
ここまでお家を出発してから240㎞ほど走ってきましたが、宮崎県最南端の都井岬まではまだかなりの距離があるので、飫肥城下町の見学は早々と切り上げてここを出発しました。時間に余裕があればもう少し待ってでも名物の「飫肥天」を食べたかったんですけどね(笑)



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