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ホキ石仏第二群を見学したら、山王山石仏を目指して登り坂の見学通路を先へと進みました。


山王山石仏までの道は見学通路の両側の樹木が覆い被さるように繁っていて、ほとんど日が差さなかったので、汗もほとんどかかずに歩くことができました。これらの樹木はカエデのようだったので紅葉の時季はとてもきれいでしょうね。




小さな谷の行き止まりまで来て谷の反対側へ向かっていると、正面の樹木の隙間から摩崖仏の覆い屋が見えてきました。ここが山王山石仏(さんのうさんせきぶつ)です。




ここは覆い屋も小さくて、建屋内には3体の摩崖仏があるだけです。中央には釈迦如来坐像が鎮座していて、左に阿弥陀如来坐像、そして右には薬師如来座像が控えていました。




山王山石仏の釈迦如来坐像は高さが3.3mもある立派な摩崖仏ですが、お顔をアップで撮影すると、他の摩崖仏とはかなり表情が異なっていて、どことなくあどけなさが残る子供のように見えました。




山王山石仏から先の見学通路は谷を下って行く坂道となって、4番目(最後)の覆い屋が見えてきました。ここは臼杵石仏を代表する大日如来座像などが鎮座する古園石仏です。




覆い屋の手前には国宝追加指定と書かれた説明板が立てられていました。これを読むと臼杵石仏の59体の摩崖仏が平成7年に国宝指定されたのに対して、ここに彫られている金剛力士立像2体は少し遅れた平成29年に国宝指定されたと書かれていました。




これが説明板に書かれてた金剛力士立像です。右側の金剛力士立像は比較的保存状態が良くて姿も分かりますが、左側の金剛力士立像はかなり劣化が激しいようですね。




ひと足遅れて国宝指定された2体の金剛力士立像を見物したら、いよいよ臼杵石仏を代表する摩崖仏の大日如来坐像がある古園石仏の覆い屋へと向かいました。




覆い屋の中から眺めた古園石仏の摩崖仏群です。ここには大日如来坐像を中心にして、左右にそれぞれ6体ずつの摩崖仏がありました。




そしてここから振り返って周囲を眺めると、先ほど見物したばかりの石仏公園のハス畑が田んぼに囲まれるように見えました。




ここにはこの様な説明板が立てられていました。大日如来坐像の両側に控える12体の摩崖仏のうちの7体には「伝 〇〇」と書かれていて確かな名称が分からないようだったので、臼杵石仏はどの時代に誰が彫ったのかほとんど史料が残ってないんでしょうね?




古園石仏を覆い屋の端っこから撮影しましたが、大日如来坐像を含む13体の摩崖仏は横に長く配置されているので、長すぎて全部の摩崖仏はうまく撮影できませんでした。






正面から眺めた大日如来坐像です。摩崖仏やその背後の壁面をよく見ると、上と下で色が変わってるのが分かります。これは参拝者によってできた自然の道が大雨の時に濁流となって流れた跡で、これによって摩崖仏の下部が削り取られたといわれています。




ここには修復前の大日如来坐像の写真パネルもありました。今の若い人たちは修復されて頭部が元の位置に戻った大日如来座像しか知らないでしょうが、年配者にとっては臼杵石仏の大日如来坐像といえば、崩落した頭部が台座に置かれたこの姿の方が馴染みがあるんですよね。






大日如来坐像のお顔を正面と横からもアップで撮影してみました。切れ長の目に引き締まった口元など優しく端正で気品のあるお顔は日本の石仏(摩崖仏)の最高傑作のひとつといわれているそうです。




この画像は券売所の横にある無料休憩所に飾られていた写真です。休憩所には臼杵石仏を訪れた多くの皇族の写真が飾られていて、昭和54年には天皇陛下も臼杵石仏を訪れていますが、この時には大日如来坐像はまだ修復前で頭部は台座の上に置かれたままでした。
大日如来坐像の頭部は300年ほど前に落ちたといわれていますが、修復作業によって頭部が元の位置に戻った(復位した)のは平成6年(1994年)のことなんですよね。



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