るるパークでこの時季限定のライムグリーンのコキアを観賞したら、宇佐市安心院町へ向かいました。
るるパークの出口にはこの様な標識が立てられていて、宇佐市安心院町には見どころがたくさんありますが、これから向かうところはこの標識には残念ながら載ってないんですよね(笑)
るるパークから安心院町へ向かって2㎞も走ると、道路は県道716号と合流するので、ここを左折して県道716号を安心院方面へ走りました。
しばらくすると道路沿いに鳥居が見えてきて、鳥居の辺りには駐車スペースもあったのでここに車を停めました。
鳥居の前の川沿いには「大年社板碑」と書かれた案内板も立てられていました。板碑とは石を板のように薄く削って供養塔として使われるもので、板石卒塔婆とも呼ばれているそうで、大年神社には県指定有形文化財の板碑が2基あるそうです。
これが道路沿いに建てられている鳥居です。鳥居の後は急な石段が大年神社の社殿へと続いていて、鳥居の前は車道が走っているので一般の神社のような長い参道は無いんですよね。
鳥居の扁額を見ると大年神社じゃなくて「大明神」と刻まれていました。
大年神社の社殿は石段を登った小高くなったところにありますが、社殿への登り口は三ヵ所あって、向かって左端の登リ口には一対の仁王像が建っていました。
この仁王像は「山蔵の仁王様」といって、説明板には力比べをしようと中国まで出かけた仁王様が、勝ち目がないと逃げ帰るところを中国の仁王様が追いかけてきて、そのままここに鎮座したと書かれていました。
こちらは左側に建っている中国から逃げ帰った日本の仁王様(吽像)です。お顔だけを眺めるとかなり強そうに見えるんですけどね(笑)
そしてこちらは中国から追いかけてきてそのままここに鎮座した中国の仁王様(阿像)です。この仁王様はどちらかというと優しくて端正なお顔をしていて、こちらの仁王様の方が弱そうに見えますよね(笑)
この画像は国東半島の両子寺の仁王像(金剛力士像)です。仁王様は寺院へ仏敵が入るのを防ぐ守護神なので、筋骨隆々で怒りの表情を浮かべていますが、大年神社の仁王像はこれらの仁王像に比べたら、とても人間味あふれた顔立ちをしているんですよね。
山蔵の仁王様を見物したら大年神社の境内へ板碑を見に行きましたが、板碑の説明板の周囲にはたくさんの石灯籠などが立っていて、どれが板碑なのかよく分からなかったので、板のように削られた石を探してみると、説明板のすぐ横に垂直に立っている石と、その後方に離れて立っている石の2基だけが薄く削られていたので、これが大年社板碑なんでしょうね?
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これが道路沿いに建てられている鳥居です。鳥居の後は急な石段が大年神社の社殿へと続いていて、鳥居の前は車道が走っているので一般の神社のような長い参道は無いんですよね。
鳥居の扁額を見ると大年神社じゃなくて「大明神」と刻まれていました。
大年神社の社殿は石段を登った小高くなったところにありますが、社殿への登り口は三ヵ所あって、向かって左端の登リ口には一対の仁王像が建っていました。
この仁王像は「山蔵の仁王様」といって、説明板には力比べをしようと中国まで出かけた仁王様が、勝ち目がないと逃げ帰るところを中国の仁王様が追いかけてきて、そのままここに鎮座したと書かれていました。
こちらは左側に建っている中国から逃げ帰った日本の仁王様(吽像)です。お顔だけを眺めるとかなり強そうに見えるんですけどね(笑)
そしてこちらは中国から追いかけてきてそのままここに鎮座した中国の仁王様(阿像)です。この仁王様はどちらかというと優しくて端正なお顔をしていて、こちらの仁王様の方が弱そうに見えますよね(笑)
この画像は国東半島の両子寺の仁王像(金剛力士像)です。仁王様は寺院へ仏敵が入るのを防ぐ守護神なので、筋骨隆々で怒りの表情を浮かべていますが、大年神社の仁王像はこれらの仁王像に比べたら、とても人間味あふれた顔立ちをしているんですよね。
山蔵の仁王様を見物したら大年神社の境内へ板碑を見に行きましたが、板碑の説明板の周囲にはたくさんの石灯籠などが立っていて、どれが板碑なのかよく分からなかったので、板のように削られた石を探してみると、説明板のすぐ横に垂直に立っている石と、その後方に離れて立っている石の2基だけが薄く削られていたので、これが大年社板碑なんでしょうね?
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