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周防灘に向かって建つ「僧 清虚」の巨大な白い像を見物したら一旦車を停めた駐車帯へ戻りました。


これから向かうのは駐車帯の背後にある小高い丘の上なので、このジグザグの長い階段を登ります。




階段の上り口にはこの様な看板が立てられていて、小高い丘の上には僧 清虚が生涯火を焚き続けた「僧清虚 火焚場跡」と、「部埼灯台(へさきとうだい)」があるようです。




丘の上へはジグザグに造られた長い階段を登りますが、この階段は300段ほどあるそうで、階段の中ほどまで登った頃にはすでに汗ビッショリになっていました。今年は例年よりも早く出かけるのが嫌になるほどの猛暑がやって来そうな予感ですね(笑)




階段は頂上付近で二手に分かれていて、まず向かったのは「僧清虚の火焚場跡」です。




ここにはこの様な立派な石碑がありました。




石碑の説明書きには日中の托鉢で得た糧を薪の買い入れに当てて、自身は一日一食の生活で、74歳で亡くなるまで13年間も、雨の日も風の火も読経とともに火を焚き続けたと書かれていました。




これが火焚場跡です。ここは眼下に周防灘が広がる見晴らしのいいところですが、実際の火焚場はここよりも高い山頂付近にあったものが大雨で流失したので、僧清虚によって火が灯されて170周年を記念してこの位置に復元したそうです。
 



火焚場跡から山頂付近を眺めた光景です。画像に写っている部埼灯台(へさきとうだい)へはここから階段が伸びていて、灯台の背後に山頂らしき高台が見えますが、ここに僧清虚の火焚場があったんでしょうね?






さっそく部埼灯台へ行ってみました。部埼灯台は国の重要文化財に指定されている高さ10mの石造灯台です。あまり大きな灯台じゃありませんが、白亜の美しい現役の灯台なんですよね。




ここにはこの様なプレートもあって、部埼灯台は近代化産業遺産にも登録されているんですね。




ここにはもうひとつ古めかしいプレートもありました。これは灯台が建設された当時のもののようでした。部埼灯台は関門海峡の東口に建てられた灯台で、明治5年に初点灯した九州では最も古い灯台なんですよね。




部埼灯台の横には一段高くなったところに建物と、その上にはアンテナのような構造物などもありました。




この建物の壁には「部埼潮流信号所」と書かれたプレートがありました。




そして建物の上に建っていたのは、海流の流れ方向や流速などを航行する船舶に知らせる「潮流信号電光表示板」でした。この時は直射日光のもとで撮影したので、電光表示が点灯しているのか全く分かりませんでしたが・・・




画像を修正して暗くするとこの様になりました。この画像はすべての電光表示が消灯した状態です。




この画像は電光表示が点灯した状態です。電光表示板は潮流の流れ方向をEやWなどのアルファベッドで、潮流の速さ(ノット)は0~13の数字で、また流速が今後早くなるのか遅くなるのかを↑↓の記号で表示し、それぞれの表示は2秒点灯 → 2秒消灯で繰り返されるそうです。でもこの時は真下から撮影したからなのか?点灯しているのは分かりましたが、何を表示しているのかは全く分かりませんでした。



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