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皇産霊神社(みむすびじんじゃ)を出発したら太刀浦方面へ向かってさらに海沿いの道を走りました。


しばらくすると山が削り取られて岩や砂利などが積まれた光景が見えてきました。ここは採石場なんでしょうか?




そして海側には錆びて赤茶けた桟橋のようなものが沖に向かって伸びているのが見えました。今でも使われているものなのかは分かりませんが、この辺りには大きな船が停泊するような港が無いので、ここから砕石などを船に積み込んでいたのかも知れませんね?




しばらくすると道路沿いに広い駐車帯があるところに出たのでここに車を停めました。




駐車帯から背後の山を眺めると、ジグザグの階段が上まで続いて、山頂付近には灯台が見えました。ここについては次の記事で紹介しますね。




駐車帯から先の道路はカーブになっていたので先のほうは見えませんでしたが、道路の半分ほどはガードレールで塞がれていて、そのすぐ向こうの海際には巨大な白い像が建っていました。




この巨大な像を見ようと車止め?のガードレールの前まで行くと、この様な看板が立てられていて、この先は通行止めになっているようでした。




この巨大な白い像の主は大分県国見町出身の僧侶「 清虚( せいきょ)」といって、修行のために高野山へ向かう船中で、この辺りが航海の難所であることを知って、一日一食の厳しい生活を続けながら生涯この地で航行の目印となる火を焚き続けたそうです。




この像は航海の安全を見守るように海に向かって建っているので、道路から眺めると後ろ姿が見えるだけでお顔は全く見えないんですよね。




どうしてもお顔を見たかったので周辺をウロウロしていたら、近くには海岸へ降りる階段があったので、波打ち際まで降りてみました。




波打ち際から眺めた「僧 清虚像」です。この像は全高が台座を含めると14mもある大きな像ですが、像の正面はすぐに海なので正面に廻り込んで顔を見ることはできないんですよね。






それでもどうしてもお顔を見たくて、ちょっと離れたところにある沖へ張り出した岩の上から眺めると、ちょっと斜めですがようやくお顔を拝むことができました。像の背後の山には清虚が火を焚き続けた「火焚場の跡」もありますが、これは次の記事で紹介しますね。




台座の防波堤側には石碑らしきものもありましたが、この石碑があるのは3mほどの台座の上で、足場が悪くて登れそうになかったので、何が刻まれているのかは分かりませんでした。




僧 清虚像の先も2車線の道路は続いていましたが、途中で道は途切れているようでした。そしてその先の白い建物が見えるところが太刀浦です。和布刈公園からここまでが繋がっていれば、山越えの道を10㎞ほど走らなくてもわずか1.5㎞ほどでここへ着いたんですよね。




この景色は僧 清虚像の前に広がる航海の難所といわれた海です。この海は周防灘(すおうなだ)ですが、このすぐ左側に関門海峡があって、遠くに見える山並みは山口県です。そして画像の中央に写っているコンテナ船は右に進んでいたので、日本海の響灘から関門海峡へ入って周防灘へ抜けたばかりのようでした。



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