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九州本土最東端に建つ鶴御﨑灯台を出発したら来た道を戻りました。


しばらくクネクネの山道を下って行くと、行きにも通った二手に分かれた道が見えてきました。これから右に見える道へUターンするように曲がって海岸へ下って行きますが、この道へ出るには一体何度ハンドルを切り返せばいいんでしょうね?(笑)




結局数回ほどハンドルを切り返して下りの道へ入り数百mも進むと、海に面した広い駐車場へ出て道路はここで行き止まりになりました。




この駐車場は下梶寄(しもかじよせ)キャンプ場と、下梶寄海水浴場を兼ねた駐車場になっていて、どちらも九州本土最東端のキャンプ場と海水浴場になるんですよね。




ここが下梶寄海水浴場です。この時はさすがにもう泳いでいる人はいませんでしたが、ここはとても海がきれいなので、夏には多くの人で賑わうところで、私も若い頃には毎年のように海水浴を兼ねてここでキャンプをしていました。




駐車場の前には豊後水道が広がっていて、先ノ瀬灯台と水の子島灯台もはっきりと見えましたが・・・




それぞれの灯台の間を何度も往復すように盛んに飛行機が飛んでいました。駐車場からはかなり距離が離れていたので、飛行機はくっきりと撮影できませんでしたが、この機影からすると海上自衛隊の飛行艇US-2のようでした。US-2は山口県岩国基地に配備されているので、豊後水道がUS-2の訓練空域になるんですね。




駐車場から振り返って眺めた景色です。鶴御﨑灯台は奥に見える山の左側にあるので、先ほどはこの山を下ってここまで来ました。




道路を挟んで右側に見えるのは、手前の灯台のような形をした建物がトイレで、その横にはシャワー設備、洗い場などがあります。そして奥の瓦屋根の建物は駐車場の案内板に書かれていた海事資料館と渡り鳥館です。




ここにはこの様な案内板が掲示されていて、海事資料館の正式名称は「佐伯市 水の子島海事資料館」というようでした。






ここが海事資料館と渡り鳥館です。これらの建物は昭和28年に水の子島灯台が無人化されるまで、灯台職員が居住していたところで、当時は一週間交代でここから水の子灯台まで小船で渡って灯台の管理をしていたそうです。石碑をよく見ると「豊後水道海事博物館」と刻まれていました。




この建物が海事資料館です。この建物は灯台職員が実際に生活をしていた建物で、内部は水の子島灯台に関する様々な資料の他に、職員が住んでいた部屋などが当時のままに保存されています。




ここは過去に数度訪れているところですが、今回も久しぶりに内部の見学をしようと張り切って入口へ行ったら、扉にはこの様な表示が出ていてこの日は残念ながら休館日でした。




この画像は数年前にここを訪れた時のものです。灯台職員の居住室はこんな感じで、六畳二間の部屋で寝泊まりをして、一週間交代で水の子島へ渡っていたそうですが、海が荒れて船が出せない時には長い間ここで過ごすこともあったんでしょうね?




グーグルマップで調べると海事資料館の周辺には十数棟ほどの家屋があって、この画像は海事資料館の道路を挟んだ反対側になりますが、民家の横には小さな鳥居が見えました。




鳥居の奥には社殿というよりも祠のような小さな建物がありました。周囲はゴミひとつ無くきれいにされていたので、下梶寄集落では大事にされている神社なんでしょうね。




近くまで行ってみると祠のような小さなお社には「長曽我部宗親神社」と書かれていて、色々調べてみると、宗親は四国を統一した長曾我部元親のことで、関ヶ原の戦で西軍についたために改易されて、家臣の一部がここへ辿り着いて主君を祀ったという言い伝えがあるようでした。



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