高鍋町の「津久見屋果實店」で食後のデザートにパフェを食べたら西都市方面へと進みました。

これから向かうのは高鍋町から直線距離で10㎞ほど離れたところにある「都萬神社(つまじんじゃ)」です。この頃になると朝方の本降りの雨がウソのように天気もすっかり回復して青空も見え始めてきました。

高鍋町からは西都原古墳群を目指してしばらく進むと、大きな鳥居が見えてきました。ここが宮崎県西都市妻にある日向国二之宮の「都萬神社」です。地名の「妻」と、神社名の「都萬」は、どちらも「つま」と読みますが、意味はどちらも同じで女性配偶者の「妻」のことを指しますが、これについては後ほど説明しますね。

大鳥居に掲げられていた扁額です。鳥居も扁額も銅で作られていて、いかにも由緒ありそうな神社ですね。

ここが都萬神社の駐車場への入口で、二手に分かれた道の右側を奥へ進みますが、この道は先が見えなくて車一台がやっと通れるほどの狭い道なので、初めて訪れる人は駐車場を見つけるのに苦労するでしょうね?私も昨年ここを訪れましたが、駐車場が分らずに参拝を断念したんですよね。このすぐ近くには「妻萬公園(さいまんこうえん)交差点」があるのでそれを目印にすると分り易いかもしれません。

ここが参拝者駐車場です。未舗装ですが普通車が20台近く停められるでしょうか?ここは大鳥居からは拝殿を挟んだ反対側にあるので、参拝するには裏参道を通って行くことになります。

裏参道の途中には都萬神社の説明板もありました。これによると都萬神社の御祭神は日本神話に登場する女神のコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫命)で、コノハナサクヤヒメはアマテラスオオミカミ(天照大神)の孫で天孫降臨したニニギノミコト(瓊瓊杵尊)の妻だったことから「妻(つま)」、「都萬(つま)」、「妻萬(さいまん)」などの地名が今でも残っているんですね。

裏参道から拝殿の前まで行ったら、参拝は後からにしてまずは表参道の大鳥居まで行きました。画像は大鳥居を潜った先から眺めた拝殿側です。

境内の一角には子供遊具などの置かれた広い公園もありました。ここが「妻萬公園(さいまんこうえん)」です。

妻萬公園を横に見ながら石畳の表参道を奥へ進むと、石段があって石段を登った先に都萬神社の拝殿が見えてきました。

こちらは拝殿の奥にある都萬神社の本殿です。鮮やかな朱色の美しいお社ですね。

拝殿には「日本一の大太刀」と書かれた木札が掲げられていました。

大太刀は拝殿内にケースに入れられて展示?されていましたが、この太刀は全長が3.54mもあるそうで、重さは17貫ということですが、1貫が3.75㎏なのでおよそ64㎏の重さになるので、普通の大人が振り回すのは絶対に無理ですね(笑)

境内の一角には小さな屋根だけのような建物や木柱などがありました。

ここには都萬神社の説明板にも書かれていたコノハナサクヤヒメが3人の皇子に母乳代わりに甘酒を飲ませたとの伝説から「日本清酒発祥の地」と書かれた木柱と、その下には二つの陶器製の瓶が置かれていました。

そして小さな屋根だけの建物?には「千年楠の洞洞木(どうどうぼく)」と書かれていて、屋根の下には境内に生えていたクスノキの一部で造られた木洞が置かれていて、この木洞の中を潜ると、夢叶う、幸せ招く、願いが叶うご利益があるそうです。
かつて日向国一之宮(最も社格の高い神社)と呼ばれたのは「都農神社(つのじんじゃ)」ですが、「都萬神社」はそれに次ぐ社格の高い日向国二之宮と呼ばれていたんですよね。
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これから向かうのは高鍋町から直線距離で10㎞ほど離れたところにある「都萬神社(つまじんじゃ)」です。この頃になると朝方の本降りの雨がウソのように天気もすっかり回復して青空も見え始めてきました。
高鍋町からは西都原古墳群を目指してしばらく進むと、大きな鳥居が見えてきました。ここが宮崎県西都市妻にある日向国二之宮の「都萬神社」です。地名の「妻」と、神社名の「都萬」は、どちらも「つま」と読みますが、意味はどちらも同じで女性配偶者の「妻」のことを指しますが、これについては後ほど説明しますね。
大鳥居に掲げられていた扁額です。鳥居も扁額も銅で作られていて、いかにも由緒ありそうな神社ですね。
ここが都萬神社の駐車場への入口で、二手に分かれた道の右側を奥へ進みますが、この道は先が見えなくて車一台がやっと通れるほどの狭い道なので、初めて訪れる人は駐車場を見つけるのに苦労するでしょうね?私も昨年ここを訪れましたが、駐車場が分らずに参拝を断念したんですよね。このすぐ近くには「妻萬公園(さいまんこうえん)交差点」があるのでそれを目印にすると分り易いかもしれません。
ここが参拝者駐車場です。未舗装ですが普通車が20台近く停められるでしょうか?ここは大鳥居からは拝殿を挟んだ反対側にあるので、参拝するには裏参道を通って行くことになります。
裏参道の途中には都萬神社の説明板もありました。これによると都萬神社の御祭神は日本神話に登場する女神のコノハナサクヤヒメ(木花開耶姫命)で、コノハナサクヤヒメはアマテラスオオミカミ(天照大神)の孫で天孫降臨したニニギノミコト(瓊瓊杵尊)の妻だったことから「妻(つま)」、「都萬(つま)」、「妻萬(さいまん)」などの地名が今でも残っているんですね。
裏参道から拝殿の前まで行ったら、参拝は後からにしてまずは表参道の大鳥居まで行きました。画像は大鳥居を潜った先から眺めた拝殿側です。
境内の一角には子供遊具などの置かれた広い公園もありました。ここが「妻萬公園(さいまんこうえん)」です。
妻萬公園を横に見ながら石畳の表参道を奥へ進むと、石段があって石段を登った先に都萬神社の拝殿が見えてきました。
こちらは拝殿の奥にある都萬神社の本殿です。鮮やかな朱色の美しいお社ですね。
拝殿には「日本一の大太刀」と書かれた木札が掲げられていました。
大太刀は拝殿内にケースに入れられて展示?されていましたが、この太刀は全長が3.54mもあるそうで、重さは17貫ということですが、1貫が3.75㎏なのでおよそ64㎏の重さになるので、普通の大人が振り回すのは絶対に無理ですね(笑)
境内の一角には小さな屋根だけのような建物や木柱などがありました。
ここには都萬神社の説明板にも書かれていたコノハナサクヤヒメが3人の皇子に母乳代わりに甘酒を飲ませたとの伝説から「日本清酒発祥の地」と書かれた木柱と、その下には二つの陶器製の瓶が置かれていました。
そして小さな屋根だけの建物?には「千年楠の洞洞木(どうどうぼく)」と書かれていて、屋根の下には境内に生えていたクスノキの一部で造られた木洞が置かれていて、この木洞の中を潜ると、夢叶う、幸せ招く、願いが叶うご利益があるそうです。
かつて日向国一之宮(最も社格の高い神社)と呼ばれたのは「都農神社(つのじんじゃ)」ですが、「都萬神社」はそれに次ぐ社格の高い日向国二之宮と呼ばれていたんですよね。
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