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今回はお家からも近い大分市中心部にある府内城址へ行きました。
 

府内城址はりゅう君が我が家にやって来る前に住んでいたおばあちゃん家からも近かったので、時々お散歩にも連れて行っていたところです。
 
 
 

府内城址のお堀沿いを歩いていると、前方に幹が大きく曲がった松の木が見えてきます。この松の木は点字ブロックを遮るように伸びているので伐採されると聞いていましたが、今回訪れてみるとお堀の中から伸びた2本の頑丈な支柱で支えられていて、通行の邪魔にならないように?歩道も車道側に拡張されていました。この松の木は今後どうなるんでしょうね?
 
 
 

城内へ入ってみると、鉄パイプで組み立てられた高さ30mの仮想天守が見えてきます。この天守は昨年の2月に解体される予定でしたが、イルミネーションが市民に好評だったことから一年間延長して今年の2月14日までこの姿を見ることができます。夜の仮想天守は 過去の記事  をクリックして下さいね。
 
 
 

府内城址の仮想天守を見たら城内から出て西へ100mほど歩いて行くと、大分市庁舎から道路を挟んだ向かい側に 『府内城 武家屋敷 発掘調査中』 と書かれた横断幕がありました。




ここには2017年まで小学校がありましたが、この辺りは大分市の中心部でもともと住宅が少ないことや、少子化の影響で近隣の小学校と統廃合されて廃校になりました。この門は小学校の校門跡でしょうか?




学校名の書かれた銘板は外されていましたがこんな表示板がありました。ここは昔は 『北廣小路』 と呼ばれていたんですね。子供の頃はこの近くに住んでいましたが、全く知りませんでしたねぇ~(笑)




今は校舎も取り壊されて、グランドのあった辺りは発掘調査のために全て掘り起こされて小学校の面影は残っていませんが、唯一こんな石碑が残されていました。この辺りは中世には大分川の河口付近だったので、船から荷物の積み下ろしをしていたので荷揚(にあげ)の地名がついたそうで、小学校の名前もこの地名からつけられていました。




今は発掘現場となっているかつての荷揚町小学校のグランド跡地です。グランドを50cmほど掘ったところから江戸時代の地層が、グランドから1.4m下からは戦国時代の地層が出てきたそうです。




ここは江戸時代には府内城三の丸があったところで、家老や奉行などの上級武士の武家屋敷が連なっていたところだそうです。この地層からは瓦や伊万里焼の磁器などたくさんの出土品が出たそうです。
 
 
 

発掘現場の向かいには今でもこんな古い土塀のお屋敷?がまだ残っていました。塀の中にある建物には人が住んでいるようでしたが、このすぐ横は9階建ての大分市庁舎があるんですよね。



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